旅せよ、ひやま(檜山)

誰も教えてくれなかった、ひやまが見つかります。

歴史と遊ぶ

遥かな時に想いを馳せる
歴史の痕跡を辿る旅。

ひやま各地に残された、いにしえの記憶。それは北海道が始まった、上ノ国や江差に色濃く残されています。現存する場所やモノから感じられるのは、当時の人々の目線。残された貴重な痕跡は、当時の人々のパワーや情熱を伝えてくれます。

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歴史と遊ぶ

東本願寺別院

建立約350年という由緒ある
木造寺院。境内には江差追分の始祖「佐之市の碑」も。

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伝わる不思議な怪談

長い歴史を持つ「東本願寺」ですが、今の建物は明治24年造。ここは3度、火災に見舞われた過去があります。その一つは江戸時代。当時の松前藩主の愛人と、1人の和尚が密通していると噂が立ちました。藩主は刺客を差し向け、和尚を殺害。ところが帰り道中に泊ったこの寺院で、和尚の首が炎を吐いて飛び回ったのです。灰になった寺院には、火傷一つない首だけが残りました。

  • 東本願寺別院1
  • 東本願寺別院2
  • 東本願寺別院3

旧檜山爾志郡役所

明治・大正・昭和・平成の江差を見守り続けてきた、道内で唯一現存する郡役所です。

明治時代の風情漂う

明治20年、1階が警察署、2階が郡役所として建てられた当時は珍しい洋風建築。現在は人形などで面影を演出しています。見どころは完璧に再現した当時の壁紙。館内では江差の郷土資料の閲覧や、松浦武四郎の百印百詩にちなんだハンコ作り体験が楽します。また庭の松は、かの土方歳三が開陽丸の沈没を悔やんで叩いたものだとか。

旧檜山爾志郡役所

上国寺本堂

開基を1443年の室町時代とし、中世の雰囲気を伝える北海道内有数の仏堂建築。

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北海道有数の古刹

3匹の鮮やかな龍が描かれた欄間が美しい、勝山館跡傍にある国の重要文化財にも指定されている仏堂です。初代松前藩主が祖先・武田信広の菩提を弔うために建てたと言われており、本堂に残された隅書や彫刻から設立が18世紀に遡るとされています。真言宗から江戸時代中期に浄土宗へ改宗された経緯があり、2つの宗派の特徴が残されています。

上国寺本堂

開陽丸

江差に沈んだ海底遺跡、
当時最新鋭だった主力オランダ戦艦が今に蘇る。

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堅牢かつ美麗

幕末にオランダで建造された当時最新鋭の装備を誇った軍艦「開陽丸」。戊辰戦争で投入されるも、暴風によって江差沖に沈没してしまいます。海底遺跡となっていた軍艦でしたが、1990年にオランダの設計図を基に完全復元。現在は内部に引き揚げられた遺跡の一部や当時の生活用品などが展示された、青少年センターとして活躍しています。

  • 開陽丸2
  • 開陽丸3
開陽丸1

夷王山

松前藩の始祖・武田信広を祀る「夷王山神社」。山頂には大パノラマが広がる。

北の海を見張った

上ノ国を一望でき、奥尻島や渡島大島も見ることができる夷王山。室町時代、そこにはアイヌ人との諍いで勝利を収めた、松前藩の始祖・武田信広の勝山城が立っていました。現在は山頂に武田信広を祀る「夷王山神社」、中腹には復元模型や出土品が展示された「勝山城跡ガイダンス施設」が建てられています。6月には「夷王山まつり」を毎年開催。

夷王山

洲崎館跡

ただの客将が一国の藩主へ。
出世街道をバク進した武田信広、始まりの地。

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北海道は
ここから始まった

ただの客将であった武田信広は、アイヌ民族との戦争で見事に勝利。当時の北海道を治めていた豪商の1人・蠣崎季繁に功績を認められて与えられた最初の城、それが洲崎館です。その後、武田信広は蠣崎姓を名乗ることを許され、松前藩の基礎を各地に築いていくのです。洲崎館は天の川北岸への重要拠点として江戸時代の初めまで活躍していました。

洲崎館跡

萩野 吟子

せたな町で開業し今金町に夢を見た、日本初の国家資格を勝ち取った女医。

  • 萩野 吟子1
  • 萩野 吟子2
日本初の女医

日本で最初の公認女医として知られる荻野吟子。渡辺淳一の小説「花埋み」 のモデルとしても有名です。女性解放の先覚者として活躍し、夫である志方之善とともに理想郷実現のため北海道に渡り、明治30年(1897年)瀬棚町に産科、小児科荻野医院を開業。以来11年間にわたって開拓民の医療に従事しました。
昭和42年(1967年)、瀬棚区では荻野吟子の功績をたたえ顕彰碑を建立。現在は荻野吟子小公園として町民の憩いの場になっています。

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